稲盛和夫の実学を読む

== 稲盛和夫の実学 日本経済新聞社 つづき ==

第1部 経営のための会計学 
「実践的基本原則」と副題のついた第1部はこの本のコアである。
このコアは7つの基本原則の説明から成り立っている。普通の会計学教科書のように体系的な内容ではない。7つとも印象的なタイトルであり、実践のなかから著者がつかんだタイトルであることが強く感じられる。

1.キャッシュベースで経営する
2.1対1の対応を貫く
3.筋肉質の経営に徹する
4.完ぺき主義を貫く
5.ダブルCKによって会社と人を守る
6.採算の向上を支える
7.透明な経営を行う

その1キャッシュベースで経営する

発生主義の基準を採用することによって キャッシュベースの会計と決算書の損益の会計とは 大きく結論がちがってきて 経営者にとって会計というものがわかりにくいものになった。京セラは1990年から米国方式のキャッシュフロー計算書を作成している。

どのような利益が数字の上で出ていようとも 結局安心して使えるのは手元にある自分のお金しかない。つまり企業を発展させるため、あらたな投資を可能にするものは 自分のものとして使えるお金以外にはないのである

儲かったお金が どこにどのように存在するのかを明確に把握しておくというのは 経営の基本である。しかし経理が何日もかかってまとめた決算書をみて初めて それがどこにあるかをつかむというのでは キャッシュベースの経営にはならない。経営はあくまでもリアルタイムで眼前の事実と渡り合わなければならない。

だからさまざまな会計上のプロセスを通じて計算されたペーパー上の利益を待つのではなく まぎれもなく存在するキャッシュにもとづいて経営の舵取りを行うべきなのである。

ただし現実問題として 決算上の利益というものも 企業活動の成果としてはきわめて重要なものでありこれから目を離すわけにはいかない。

そうであれば この会計上の利益と手元のキャッシュとの間に介在するものをできるだけなくすことが必要となる。
私の会計学は このような観点から 会計上の利益から出発してキャッシュフローを考えるのではなく いかにして経営そのものをキャッシュベースとしていくのかということを その中心においている。

*ここで 汗かき税理士はこう考える
キャッシュベースと発生主義ベースという二つの会計は常に経営者を悩ます問題である。キャッシュがたりないばあいに経常ベースで足りないのか 一時的臨時的要素で足りないのか、わからないと間違った判断をする。

あるいは逆にキャッシュがあまっている場合には 臨時的な要素であまっているにかかわらず経常的にあまると勘違いして 経常的な支出を増やすと大変なことになる。

現金等価物の増減がが経常収支によるか それ以外の要素によるのか絶えずウオッチしておかねばならない。その判断をするためにキャッシュフロー計算書が作られるようになってきた。

発生主義会計の結果をまって キャッシュフロー計算書をつくるのではあまりに遅すぎると思う。

そのためにはどうするか?まず それほど会計判断の要らない要素である投資活動によるキャッシュフロー 財務活動によるキャッシュフローをまず把握して それ以外は 営業活動にとるキャッシュフローと考えたキャッシュフロー計算書をまず作って 早めに判断する必要があると思うのだがどうだろうか。

また 営業活動においても 経常的要素と臨時的要素を分けて考えることがとても重要だと思う。だから汗かき税理士は通帳を経常収支用の銀行口座と臨時的収支の銀行口座におおまかに分けて通帳を運用している。

だが 著者のいいたいことは多分こんな小手先のことではないはずだ。 自分の会社の会計がキャッシュフロー会計無限に近くなるように努力しなさいということであろう。

小企業にとっては 手形をもらったり振り出したりすることは キャッシュフローの観点からも 経営上の生存ということからも とても危険なことである。手形が大手を振って流通しているような業界にはできれば 参入しないのが賢明である。そのような危険物を取り扱うビジネスモデルに一生を託す価値はないと覚悟しなければならない。

土俵の真ん中で相撲をとる
*このタイトルも 実戦からうまれたことが よくわかるタイトルである。

おカネのことをつねに心配していては仕事ができない。そのためぎりぎりの資金繰りは決してしないようにしなければならない。

土俵際に追い詰められ 苦し紛れに技をかけるから 勇み足になったり きわどい判定で負けたりする。それよりもどんな技でも思い切ってかけられる土俵の真ん中で 土俵際に追い込まれたような緊張感をもって勝負をかけるべきだということである。
これは企業財務に関していえば 「常におカネのことについて心配しなくても 安心して仕事ができるようにすべきだ」であり そのような強い思いが 京セラを早い時期より無借金経営に導いたのである。

日本の企業はどうしても借入を前提として経営をすすめることになりやすい。資金を貸してくれる銀行の意向を気にするあまりまったくあたらしい事業を行うための投資はタイミングを失ったり 実施しにくものになるかもしれない。
企業が安全に経営をしようと思えば 減価償却プラス税引き後利益で返せる範囲のお金でしか設備投資してはならないことになる。

わたしがとにかく借金を早く返そうとしたために 比較的早い時期から京セラは自己資本比率を高くすることができた。創業より15年目で自己資本比率を70%近くまで高めることができた。これは自己資本を蓄積し それをもとにさらに大きな自己資本が生み出せるような経営を進めるという「キャッシュベースの経営」の結果であると考えている。

*ここで汗かき税理士はこう考える
キャッシュベースの経理の最終到達点は無借金経営である。われわれ中小企業がめざすのはやはり無借金経営だと思う。

いつ店をたたんでもこれだけのお金が残るという安心感を持ちたい。それを強く願わねばならない。かりに自分が死んだときに 子供たちが相続放棄をしたほうがいいのかどうか迷うような状態に終わらせないようにしなくては。

ではそれを達成するにはどうしたらいいのか?
そのこたえは「つよく願うしかない」といういうことである。

強く願うしかないということばには有名なエピソードがある。ダム式経営のススメを説く松下幸之助翁に対して 「どうやったらそのような余裕のある経営ができるのでしょうか」と問うた聴衆に対して 翁は「その答えは自分もしりまへん。しかしそのような余裕のある経営が必要だと思わな、あきまへんな」と答えた。聴衆の多くはこの答えに笑ったが、すくなくとも稲盛さんだけは、深くこのことばに心を動かされたという。

禅のことばに「隻手の声を聞け」というのあるそうだが、松下さんから稲盛さんへと伝わる この由縁を読むと それを思出いだされる。片手でどうやって音をだすのか?二人には隻手の声が聞こえたのであろう。

こんな苦しい状態でどうして無借金になるのか?

無借金経営にするという強い願いがまずありき なのであるのだろう。
☆東京練馬の税理士姫野汗かき会計録は姫野会計事務所の気づき録です☆

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